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「私的整理」というもの ―中小企業事業再生ガイドラインの公表に寄せて―

2022年03月

 「私的整理」という用語は、倒産処理の局面で用いられるとき、法で定められた倒産手続(破産・特別清算・民事再生・会社更生の各手続をいいます)によらないで、倒産状態に陥った債務者の債務を整理すること全般を指します。法的手続きによらないということは、原則として債権者・債務者間の合意によって倒産処理が進められることを意味し、私的整理は、倒産処理における私的自治原則のあらわれである、などと言われます。

 

 合意さえ成立すれば、どのような合意内容であっても、それが公序良俗に反しない限りは有効ですから、私的整理の内容は、千差万別、多種多様なものがあり得ます。とはいえ、倒産という極限的状況の中で債権者と債務者が合意に到達することは決して容易ではなく、どのような内容・手続による私的整理であっても成立可能というわけにはいきません。私的整理を成功裡に実施するためには、おのずと一定のパターンが要求されるように思われます。そして、求められるパターンというのは、その時々の時代背景や経済情勢にも影響されるようです。

 

 私が弁護士になった、今から37~8年前頃、倒産法の教科書等で私的整理に関する記述を見ると、倒産状態に陥った債務者と同業の主力取引債権者が主導して債権者委員会を構成し、債務者の倒産処理を進めていくというパターンが、私的整理の一つの典型例として紹介されていたものです。そして、任意に構成された債権者委員会や債権者委員長の権限や義務等に関し、相当数の裁判例が積み重なっていました。

 

 同業者の監視・監督のもとでの倒産処理といえるかもしれませんが、当時はこうした業界意識というようなものが、各所で強く感ぜられたように思います。私が弁護士になりたての頃、これは私的整理の話ではないですが、とある債務者企業が自己破産申立ての準備に入っているという状況の下で、その企業と同業の取引債権者である会社から、その債務者企業の有する多額の売掛金債権を仮差押えしてほしいと依頼されたことがあります。仮差押えをしても、破産になればその効力はなくなってしまいますよ、と言ったのですが、債権者の担当者の言い分は、この売掛金を債務者企業が取り立てて散逸させてしまえば、主力債権者のお前は何をボーッとしていたんだと業界から言われかねないので、破産管財人にそっくり渡すために保全の措置を講じてほしいというものでした。

 

 このような同業者主導の私的整理は、おそらくは1990年代のいわゆるバブル経済崩壊期の前後頃までに、ほぼ見かけなくなりました。これは、バブル崩壊のもとで業界に余裕がなくなってきたことにも原因があるのでしょうが、より根本的には、取引構造の複雑化、重層化により、単一業種の債権者が主導することでは手続を進めることができなくなったことが大きな要因ではないかと思います。

 他方、弁護士主導による私的整理というものは、従前から数は少ないものの、引き続き行われてきており、1980年代後半頃には、その準則化を試みる論考が公表されたりもしましたが、一般化の困難さゆえにそれが広まることはなく、結局、一部の弁護士が独自のノウハウに基づいて進める手続という状態から脱することができなかったように思います。

 

 以上のような状況で、ちょうど1990年代の後半頃は、私的整理のモデルパターンがなく、事業者の負債を私的整理により処理することは、特に再建型処理は極めて難しいという印象が持たれていました。

 

 こうした中、2001年に、私的整理に関する初めての準則として「私的整理ガイドライン」が公表されました。法的拘束力のない紳士協定ではありますが、策定主体との関係等により、金融機関は事実上これを遵守することになりました。このガイドライン自体は、それほど頻繁に活用されたわけではなかったのですが、その後、私的整理ガイドラインの基本的発想を踏襲したさまざまな制度が設けられました。中小企業再生支援協議会による債務整理手続、事業再生ADR手続、地域経済活性化支援機構(REVIC)による債務整理手続など、すべてそうです。これらは、「準則型私的整理」と総称され、現在は、私的整理と言えばまず準則型私的整理が念頭に置かれます(他方、従来からの私的整理は「純粋私的整理」などと呼ばれるようになりました)。こうした現状の端緒となったという意味で、「私的整理ガイドライン」の策定はエポックメイキングなことであったと言えるのです。

 

 準則型私的整理の大きな特色は、金融機関債権者のみを手続に巻き込む制度であるということです。一般の取引債権者には平常どおり弁済を続けることで、当時すでに顕在化していた、取引債権者への支払停止による事業価値の毀損という問題をクリアし、他方、金融機関に対する上記のとおりの事実上の拘束力により制度の実効性を確保しています。

 

 この3月、「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」が公表されました。これは、コロナ禍という特殊状況下での中小企業の再建を目的とし、今日まで続いてきた準則型私的整理の流れの一つの到達点を示すものといえそうです。なお、同ガイドラインについては、下記URLをご参照ください。

https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/news/news340304.pdf

 

 準則的私的整理の今後の課題として、2つ挙げておきます。

 第一は、対象債権者の拡充です。手続に参加する債権者は当初銀行等に限られていましたが、現在はリース債権者も参加することが増えています。ここからさらに債権者の範囲を広げることは、法的拘束力を持たないルールの事実上の拘束力の維持との関係で困難な問題があろうかと思いますが、検討されるべき課題かと思います。

 第二は、多数決原理の導入です。準則型私的整理も、債権者・債務者間の合意を基調とする手続に変わりはないので、再建計画に対し同意しない債権者にも当該計画の効力を及ぼすのが法的に困難であることは認めざるを得ませんが、集団的処理手続の特性を重視し、多数決原理の導入に道を開いてほしいものです。

 

 以上のほか、純粋私的整理に関しても、今後新たな工夫が打ち出されてくると思われますし、私的整理をめぐる動きには目が離せないと思います。

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