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コラム
判例紹介❖ 過労死した海外勤務者への労災保険の適用
2019年06月
弁護士: 濱 和哲
分 野:
―東京高裁平成28年4月27日判決(判タ1494号4頁)―
1 事案の概要
海外に事業を展開する運送会社(P社)に勤務するAは、平成16年以降、上海代表処の立ち上げ準備に携わり、平成18年には上海代表処の主席代表として家族とともに上海に転居した。
P社は、平成21年、中国に現地子会社(Q社)を設立し、Aは現地子会社の総経理に就任した。そのため、Aは、上海代表処の主席代表とQ社の総経理を兼務することとなった。
Aは、平成22年7月、上海において急性心筋梗塞を発症し死亡したが、P社はAの上海勤務につき海外派遣者としての特別加入の申請手続をしていなかった。
Aの妻は、夫の死亡は業務上の死亡にあたるとして労災保険法に基づく遺族補償給付等の支給請求をしたが、労基所長は、Aは海外出張者には該当せず、特別加入の承認も受けていないとして不支給決定をした。
Aの妻に対する本件不支給決定についての取消訴訟が本件訴訟である。
2 海外出張者と海外派遣者の区別
労災保険の適用にあたっては、「海外主張者」と「海外派遣者」が区別して取り扱われている。
国内の事業所に所属する労働者が海外で勤務している期間に生じた労災事故については、当該労働者は「海外出張者」として労災保険が適用されるが、労働者が海外の事業所に所属する場合には「海外出張者」には該当せず、「海外派遣者」として特別加入の手続を経ていた場合に限り、労災保険が適用されることになる。
厚生労働省のパンフレットにおいては、海外主張者と海外派遣者の区別について次のように説明されている。
「海外出張者」
とは、単に労働の提供の場が海外にあるにすぎず、国内の事業所に所属し、その事業所の使用者の指揮に従って勤務する労働者です。
「海外派遣者」
とは、海外の事業所に所属して、その事業所の使用者の指揮に従って勤務する労働者またはその事業所の使用者(事業主およびその他の労働者以外の方)です。
「海外出張者」と「海外派遣者」のどちらに当たるかは、勤務の実態によって総合的に判断されることになります。
3 本件の争点
P社はAを海外派遣者とする特別加入の手続をしていなかったため、Aの妻が遺族補償給付等を受けるためには、Aが海外出張者に該当することを裁判上明らかにする必要があった。
そのため、本件の(主たる)争点は、Aの勤務実態に照らしAが海外出張者に該当するかどうかであった。
4 控訴審判決
控訴審判決は、Aの所属が上海駐在時を通じてP社本社であったこと、上海代表処及びQ社総経理となった後も地位や権限に変更はなかったこと、Aの人件費はP社から上海代表処に支払われていたこと、Aの出勤簿はP社業務管理課長に提出するものとされており、Pの労務管理に服していたことなどの事実認定のもと、Aは海外出張者に該当すると判断し、原判決を取り消す判決をした(確定)。
5 本判決の意義
大企業に限らず、いまや中小企業においても、労働者を海外に出張又は派遣させることは珍しくない。本件のように、海外勤務中に労災事故が発生してしまうケースは、海外に事業を展開する企業にとっては想定しておくべきケースの一つである。
本件は事例判断ではあるものの、企業にとって海外出張又は海外派遣のあり方や特別加入を申請すべきかどうかを再検討するための契機を与えた事案であるといえる。