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コラム

中小企業向け為替デリバティブの損失とその解決方法(金融商品取引法上の問題)

2011年04月

弁護士: 稲田 正毅

分 野: その他

1 中小企業向け為替デリバティブの取引状況

 リーマンショック以降の為替相場の大幅な円高傾向に伴って、主としてメガバンクによって、取引先中小企業に勧誘・販売された為替デリバティブ取引契約の損失問題が、中小企業にとって企業の存続を揺るがすような問題となっております。  金融庁は、2011年3月11日、2004年以降に販売された中小企業向け為替デリバティブ取引契約に関して、その実態調査を行い、その結果(速報値)を公表しました(http://www.fsa.go.jp/news/22/ginkou/20110311-2.html)。
 これによれば、2010年9月末時点で、為替デリバティブ契約を保有する中小企業数は、約19,000社にも上るというものでした。このような契約が多数契約された一つの要因として、金融機関側において、デリバティブ契約を獲得すると手っ取り早く手数料売上を計上することができ、当金融機関の支店営業ノルマ達成のための手段として利用されたという背景も指摘されているところです。
 為替デリバティブ契約の多くが、輸入業者向けの為替デリバティブ契約、すなわち円高になれば損失が発生するという契約です。したがいまして、現在、1ドル80円前半で推移する為替相場を前提に、極めて多くの企業が為替デリバティブによる多額の損失に日々苦しみ、資金繰りにも窮する事態が生じている一方で、解約をする場合には、解約違約金が多額に発生するために契約の解消もできないという進退両難の自体が生じています。 この窮状を販売金融機関に相談しても、「デリバティブ取引のような金融商品の損失を補てんすることは、金融商品取引法において禁止されており、ただちに対応することはできない。」との回答がなされることがあると聞きます。このような現状に的確に対処するについて適当な方策はないのでしょうか。

2 金融商品取引法上の問題(損失補てんの禁止との関係)

 たしかに、金融商品取引法においては、顧客に生じたデリバティブ関連取引上の損失を補てんするために、顧客に財産上の利益を提供することを禁止しています(同法39条)。これは、金融商品取引の顧客に販売業者が損失補てんを行うと、市場の価格形成機能をゆがめてしまうため、これを防止する必要があるために設けられたものです。
 そして、禁止される財産上の利益の提供行為における「財産上の利益」とは、経済的な取引対象となりうるような利益を言うとされており、具体的には、現金・物品・有価証券・不動産等の有体物、債権等の無体物、債務免除、信用(融資、保証、担保等)の提供、サービスの無償提供等が広く含まれると解されています(1。したがいまして、デリバティブ損失額そのものを金銭で補てんするだけではなく、それに見合った融資を実行するという金融支援も禁止されていると判断されてしまいます。
 もっとも、金融商品取引法は、損失補てん等を禁止する一方で、当該損失が「事故」によって生じた場合、すなわち、業者側の法令違反行為や注意義務違反行為によって当該損失が発生した場合(いわゆる証券事故の場合)には、損失補てん等を行うことを許容しています(同法39条3項、金融商品取引業等に関する内閣府令118条、同119条)。これは、証券事故による顧客の損失は業者が負担する損害賠償義務の履行としての損失補てん行為であるから、これを規制するのは妥当性を欠くことによるという趣旨に基づくものであるとされるものです。また、「損失補てんをするため」以外の目的でなされる金融支援については、金融商品取引法における損失補てん禁止の規制は対象外とされます。
 したがいまして、①損失が証券事故による場合や、②金融支援が「損失補てんをするため」とはいえない場合には、金融商品取引法上の問題点は生じませんが、そうでない限り、デリバティブ取引による損失を補てんする目的で追加融資などの金融支援を行うことは、原則として禁止されてしまうのです。

3 為替デリバティブ損失への解決方法

 では、デリバティブ取引により多額の損失を抱えている中小企業は、この問題を解決するためにどのような対応をすることができるのでしょうか。為替デリバティブ損失への対処方法、解決方法には、次のようなものが考えられます。

 

(1)証券事故としての対応(金融機関側の勧誘・販売行為は適法か)
 まずは為替デリバティブ取引を行うについて、勧誘・販売者である金融機関において、法令違反行為がなかったかについての検証を行う必要があります。前述したように、当該損失が「証券事故」、すなわち、業者側の法令違反行為や注意義務違反行為によって当該損失が発生した場合には、金融商品取引法上の問題は生じないこととなるため、この点の検証が必要となるのです。
 一般に、中小企業向け為替デリバティブ取引契約の多くには、「ゼロコストオプション」特約、「ギャップ」特約など、金融機関側のリスクが低くされているのに対し、導入企業のリスクが非常に高く設定されているオプション契約が付されています。また、多くは5年~10年といった長期の期間を契約で拘束しており、契約企業に対してその長期間の為替変動のリスクを負担しているのが通常です。そうであるにも関わらず、このようなリスクについての適正な説明がなされていないケースがあります。
 また、ケースによっては、そもそも外貨実需のない企業に導入している事例(いわゆる投機的商品としての契約)、必要な外貨実需を超えた契約を締結し(いわゆるオーバーヘッジの契約)適切なリスク説明がされていないケースや、新規融資と抱き合わせにより契約を締結しているケース(いわゆる優越的地位の濫用事例)があります。
 このように金融機関による販売行為に問題がある事例は、契約行為に法的問題がある事例ですので、当該契約行為の瑕疵、違法を主張して、裁判手続等によって、金融機関に対してその損害賠償等を求めることが可能となります。あるいは、任意の話し合いによる解決を求めて全国銀行協会の主催する金融ADR(2 を活用することも考えられるところです。
 どの手続が最適であるかは、まさにケースバイケースで、当該金融機関との関係といった経営判断上の観点に加え、事実認定や法的評価の必要な法的観点から判断されることですので、弁護士の専門的助言を受けることが必須であると言えます。 このように証券事故として、金融機関の責任を問いうるケースにおいては、金融商品取引法上の問題点は生じませんので、柔軟な解決を図ることも可能であろうかと思います。

 

(2)私的整理手続の活用
 では、証券事故とは認められないケースには、どのように対処すべきでしょうか。
金融機関の為替デリバティブ販売行為に問題の見受けられない事案、あるいはデリバティブ問題以外の要因もあって資金繰等に窮しているような事案では、私的整理手続を利用した金融債務の圧縮という手段も考えられます。その手法として、中小事業再生・企業倒産支援協議会、事業再生ADR、あるいは特定調停などの手続が考えられます。もっとも、当該企業にどの手続を利用するのが最適であるかは、まさにケースバイケースで、デリバティブ問題特有の法的問題や事業再生のノウハウが必要になりますので、前述同様、弁護士の専門的助言を受けることが必須であると言えます。

 

(3)法的再生手続の活用
 私的整理では間に合わず、ただちに資金繰りに窮するような緊急性の高い案件においては、民事再生手続等の法的事業再生手続を利用することも検討しなければならないこともあります。2010年5月の公表資料ですが、帝国データバンクによると、デリバティブ損失に関連する倒産案件が2008年以降20件と急増しているとのことです(http://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p100503.pdf)。

4 まとめ

 為替デリバティブ損失を抱えている中小企業は、できる限り早期に弁護士に相談して、適切な対応措置を講じることをお勧めします。

 

脚注
(1 岸田雅雄監修「注釈 金融商品取引法 第2巻 業者規制」365頁(きんざい・2009)。
(2 全国銀行協会によれば、2010年10月~12月の3か月間で、デリバティブ取引に関連して、計117件の苦情が寄せられ、あっせん申立(ADR申請)がされたものが45件にも上るとのことです(http://www.zenginkyo.or.jp/adr/conditions/index.html)。

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